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退去のときに壁の傷を指摘されるのが怖くて、先に自分で直しておこうと考える人は多いです。ただ、賃貸の壁は直せば得とは限りません。直したことで傷んだ範囲が広がって、かえって請求が増えることもあります。
この記事では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を根拠に、自分で直していいラインと、触らないほうがいいラインを分けます。そのうえで、症状別の道具と手順をまとめました。
結論:自分で直していいのは「下地に届いていない」傷だけ
判断の軸はひとつだけです。傷が壁紙の表面で止まっているか、その下の石膏ボードまで届いているか。ここで対応が変わります。
- 壁紙の表面だけの傷・ピン穴・めくれ → 自分で直せる範囲
- 石膏ボードまで届いた穴・へこみ → 触らずに管理会社へ連絡
- 判断が付かない → 写真を撮って相談してから動く
理由は2つあります。ひとつは、下地まで傷んだ穴を素人が塞ぐと、乾いたあとに周囲が浮いて傷んだ範囲が広がりやすいこと。もうひとつは、ガイドラインが補修の施工単位について「可能な限り毀損部分に限定し、その補修工事は出来るだけ最低限度の施工単位を基本」としている点です。範囲が広がれば、その最低限度も大きくなります。
直す前に押さえる、費用負担の3点
道具を買う前に、この3つを先に済ませてください。順番を逆にすると、直さなくてよかったものを直してしまうことがあります。なお、ここから先は一般的な考え方の整理で、実際の負担は個別の契約が優先します。
①契約書が先。ガイドラインは法律ではない
ここが一番誤解されているところです。国土交通省はこのガイドラインを、賃貸借契約締結時において参考にしてもらうものと位置づけています。そのうえで、すでに契約を結んでいる人については「一応、現在の契約書が有効なものと考えられますので、契約内容に沿った取扱いが原則です」としています。
つまり、ネットで「ガイドラインでは貸主負担」と書かれていても、原則としては契約内容に沿った取扱いになります。まず契約書の原状回復条項と特約を読んでください。なお、特約があれば必ずそのとおりに通るというわけでもなく、内容によっては争いになります。
契約書の条文があいまいな場合や、契約締結時に何らかの問題があるような場合は、ガイドラインを参考にしながら話し合いを、というのが国土交通省の案内です。あくまで話し合いの土台であって、自動的に決まるものではありません。
②そもそも借主負担なのかを分ける
ガイドラインは、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。借りた当時の状態に戻すことではないと明確にされている点が大事です。
そして損耗を次の4つに区分しています。
| 区分 | 中身 | 原状回復義務 |
|---|---|---|
| A | 通常の住まい方・使い方をしていても発生すると考えられるもの | なし |
| B | 住まい方・使い方次第で発生したりしなかったりするもの | あり |
| A(+B) | 基本はAだが、手入れが悪く損耗が発生・拡大したもの | あり |
| A(+G) | 基本はAだが、建物価値を増大させる要素を含むもの | なし |
壁でよく問題になる例で言うと、画鋲やピンの穴(下地ボードの張り替えが不要な程度のもの)は、ポスターやカレンダーの掲示が通常の生活の範囲だという理由で、通常の損耗と考えられています。一方、重量物をかけるためにあけた釘穴・ネジ穴で、下地ボードの張り替えが必要な程度のものは、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いとされています。
③経過年数で負担は下がる
Bに当たる場合でも、全額を借主が払うわけではありません。ガイドラインは、経年変化や通常損耗の分を借主は賃料として払っている、という考え方から、経過年数が多いほど負担割合を減らす方式を採っています。
クロスの耐用年数は6年とされ、負担割合は(6年−経過年数)÷6年で計算されます。経過年数が3年なら50%、6年経過で残存価値は1円として扱われます。ここでいう経過年数はクロスそのものの経過年数で、自分の入居年数と必ず一致するわけではありません。入居した時点で前の人が使っていたクロスなら、その分はすでに減っています。
6年経過していれば、クロスの張り替え代をまるごと請求される計算にはならない、というのがガイドラインの立て付けです。ただしこれは材料の価値が減るという話で、請求がゼロになるという意味ではありません。故意・過失による毀損の場合は、施工費や人件費の負担を求められることがあります。
症状別・自分でできる補修と道具
ここから先は「壁紙の表面で止まっている傷」に限った話です。使うものはどれも千円前後で、ホームセンターでも買えます。
ひとつ先に断っておくと、ここで直すものは義務としての原状回復ではありません。前の章で見たとおり、画鋲やピンの穴は通常の損耗と考えられています。それでも直す理由は、退去立会いで指摘される件数を減らしたい、住んでいるあいだの見た目を整えたい、自分で開けた穴の後始末をしたい、といったところです。
ピン穴・画鋲の跡をうめる
穴のまわりを乾いた布で軽くぬぐう。ここを飛ばすと補修材が定着しない。
穴に少量だけ押し込む。盛るのではなく、埋めるつもりで量を絞る。
はみ出た分をヘラか指でならし、乾くまで触らない。触ると跡が残る。
選ぶときの判断ポイント:色は白でも、壁紙によって白の系統が微妙に違います。目立たない場所で一度試してから本番に使うと失敗が減ります。家具の裏やクローゼットの内側が試し場所に向いています。
壁紙のめくれ・はがれを貼り直す
めくれた裏側に残った古いのりを乾いた布でこすり落とす。
厚塗りするとはみ出して固まり、かえって目立つ。
押さえながら、はみ出た分をすぐ濡れ布で拭き取る。
よくある失敗:のりが乾く前に強く押さえすぎて、壁紙の表面がテカること。押さえるのは軽く、時間をかけるほうがきれいに付きます。
継ぎ目や隅の隙間をうめる
ここは注意が要ります。継ぎ目や隅の隙間は、住まい方に関係なく起きる経年変化に寄る部分で、借主が直す義務があるとは言いにくい領域です。しかもコーク材を打つのは手を加える行為なので、気になるからといって勝手に施工すると話が複雑になります。やるなら管理会社に一言確認してからにしてください。
隙間の両側に貼る。仕上がりの直線はここで決まる。
コークを細く出し、ヘラでならす。
マスキングテープは乾く前にはがす。乾いてからだと縁が持ち上がる。
判断ポイント:クリアと白があります。壁紙に柄が入っている場合はクリアのほうがなじみます。真っ白な壁紙なら白でかまいません。
これくらいなら自分でやれそう。全部やっておいたほうが得ですよね?
そこが落とし穴です。次の条件に当てはまるものは、手を出さないほうが安く済みます。
自分で触らないほうがいいケース
次のどれかに当てはまるなら、道具を買う前に管理会社へ連絡してください。
- 石膏ボードまで届いた穴(指が入る、押すとぐらつく、向こう側が見える)
- 手のひらより大きいへこみ
- カビや水濡れの跡
- コンセントやスイッチのまわり
- 下地そのものが波打っている
理由は、これらが「直せるかどうか」ではなく原因が別にあるかどうかの問題だからです。とくに水濡れの跡を塞いでしまうと、あとから発覚したときに発見が遅れた分まで話がこじれます。配管や外壁が原因なら、そもそも借主の負担ではない可能性もあります。
直す前に写真を撮って管理会社へ連絡する。遠回りに見えますが、結果として費用を抑えやすいやり方です。
そもそも壁に穴を開けずに掛ける
退去時の補修をいちばん減らせるのは、傷を作らないことです。掛けたいものがあるなら、次の2つで足りる場面が多いです。


ホッチキスの針で留める金具
石膏ボードにホッチキスの針で固定するタイプの金具です。針の穴は画鋲より細く、そのかわり本数は多くなります。1本あたりの穴は小さいが数は増えるという性質なので、掛ける場所を決めてから使うのが前提です。
注意点:耐荷重は製品ごとに決まっています。表示を超えると落ちるだけでなく、抜けるときに壁紙を持っていきます。掛けるものの重さは先に量ってください。
貼ってはがせる両面テープ
穴をまったく開けたくない場合はこちら。軽いポスターや小物ならこれで足ります。
注意点:この種の製品は、砂壁や表面の弱い壁紙などメーカーが非対応としている面があります。貼る前に商品ページかパッケージの使用可否を確認してください。対応面であっても、貼っていた期間が長いと表面ごとはがれることがあります。はがすときはタブを真下にゆっくり引くのが基本で、長期間貼りっぱなしにしないほうが安全です。
よくある質問
- 画鋲の穴は全部直さないとだめですか?
-
ガイドラインでは、下地ボードの張り替えが不要な程度の画鋲・ピンの穴は通常の損耗と考えられています。ただし契約書に特約がある場合はそちらが先に見られます。
- 自分で直したことは言わないほうがいいですか?
-
隠すメリットはありません。補修跡は退去立会いで分かります。直した箇所は伝えたうえで確認してもらうほうが話が早く進みます。
- 退去費用の見積もりが高いと感じたら?
-
明細をもらって、施工範囲と経過年数の扱いを確認してください。ガイドラインは施工単位を毀損部分に限定する考え方を示しています。折り合わないときは、自治体の消費生活センターなどの相談窓口があります。
- ガイドラインは法律ですか?
-
法律ではありません。国土交通省が示す一般的な基準で、トラブルの未然防止と話し合いの土台に使うものです。策定は平成10年3月、その後平成16年2月と平成23年8月に改訂されています。
まとめ
- 直していいのは壁紙の表面まで。下地に届いた傷は触らない
- 契約書がガイドラインより先。まず特約を読む
- 画鋲・ピン穴は通常損耗とされている。下地の張り替えが要る規模のネジ穴は借主負担になりやすい
- クロスは6年で残存価値1円。経過年数で負担割合は下がる
- 迷ったら直す前に写真を撮って管理会社へ
壁の傷は、直す技術より直すかどうかの判断でほとんど決まります。道具は千円あればそろうので、判断のほうに時間を使ってください。
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について(再改訂版・平成23年8月)
この記事は一般的な情報の整理です。個別の契約や請求の判断は、契約書の内容と貸主・管理会社との協議によります。法律上の助言ではありません。

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