やふたみん妻の日記 生活

誕生日と父の命日 父の死から一年…

2022年3月2日

昨日は私の誕生日(父の命日)だった。

これと言って何もなく、ごく普通の一日で

日常の中にただただ誕生日って感じだった。

でも、それでもいいと思う。

みんなが元気でいてくれてるから。

この時期は旦那の仕事も忙しく、帰りに私の好きなコンビニスイーツを買ってきてくれた!

疲れてるのに、ありがとう‼︎

去年の夜は珍しく旦那が、子どもたちと寝落ちをし、誕生日の夜に1人だった。

友達からのお祝いメッセージの返信をし、心穏やかに過ごしていたが、どこか胸騒ぎもしていた。

いつもなら母からもお祝いメッセージがくるけど、この日はなくて…

何かあったのかな?と少し思っていたところに…

父が息を引き取ったと…

何を言われてるのか、すぐには理解できなかった…

父には大動脈瘤があった。

糖尿病、高血圧以外の病気はしたことなかった父が…

なんとなく受けた検査で…

発見した時にはすでに大きく、1つではなかった。

いつ破裂してもおかしくないと言われていた…

年齢からしても手術は厳しく、手の施しようがなかった。

それでも、父と母は前を向き、普通に生活しようって。

何かあった時も、延命処置はしないって…

前向きな決断だったみたいだけど…

言われた母はどれだけ辛かったか…

離れて暮らす私に母は、気落ちしてる姿は見せなかった。

発見から数ヶ月が経ち、クリスマスイヴ。

父は脳梗塞で救急搬送された。

集中治療室に入り、なんとか回復。

そのまま入院生活を送っていた。

初めての入院。

寝たきりだったから、足腰が弱くなり、歩くところからのリハビリ生活。

コロナ禍の為、面会もままならず、荷物は看護師さんに渡してもらうような状況だった。

しばらくして、面会許可が出て、やっと父に会えた。

母も嬉しそうだった。

入院中の父はいつも身なりを気にし、清潔にしていたそう。

家では考えられないw

そして、杖をついて歩けるようになった。

父にも笑顔があった。

もう少しで退院出来るそう。

父も母も兄妹もみんなそのつもりでいた。

しかし、安心したのも束の間

事態は急変。

大動脈瘤が破裂した…

一瞬の出来事だったのかな。

ナースコールも押されてなかったみたい。

痛かった?苦しかった?

今となってはもう聞けない。

いくつになってもやっぱり、父の死はキツイ…

あれからもう、一年…

早かった。

何も手につかないこともあったが、落ち込んでばかりもいられない…

時間は待ってはくれないから。

子どもたちもいるし、元気を出さないと‼︎

今年はまだコロナで遠出が出来ないから、会いにいけないけど…

こっちでお話ししようね。

仏壇にお供えした道明寺を父と一緒に食べた。

誕生日は父とゆっくり過ごせたよ。

これからも毎年、一緒に過ごそうね。

去年の誕生日はこんなことがあったから

泣きながら旦那を起こしてしまった。

旦那ははじめ、誕生日を祝ってくれないから泣いているのだと思ったらしい…

私はそんなことで泣きません‼︎w

今年も寝ていたけど、泣いて起こすことはありませんでしたw

これからも何も起きない誕生日が過ごせますように…

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